ドッジ不況
デフレ不況
1949-05-16 前後
1949年5月16日、戦後初めて売買を再開した東京証券取引所の平均株価は176円21銭でスタートした。しかしインフレ収束のための緊縮政策「ドッジ・ライン」で深刻なデフレ不況に陥り、企業の増資による株式の供給増も重なって株価は下落。1950年7月6日には、いまも破られていない史上最安値の85円25銭をつけた。直前に勃発した朝鮮戦争の特需をきっかけに、相場は反転した。
主な企業の株価(年間の高値〜安値)
東証再開をはさむ4年間の、主な企業の株価です。1949年は多くの企業が増資を行い、株式の供給が急増したことも株価の重荷になりました。
| 企業(当時の社名) | 1948年高値〜安値 | 1949年高値〜安値 | 1950年高値〜安値 | 1951年高値〜安値 | 期間中の増資 |
| トヨタ自動車工業現 トヨタ自動車 | 193〜56 | 127〜60 | 60〜21 | 69〜39.5 | 1948年8月・1949年3月・1949年11月 |
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| 松下電器産業現 パナソニック ホールディングス | 135〜43 | 95〜93 | 60〜27 | 160〜51 | なし |
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| 東京芝浦電気現 東芝 | 165〜62 | 190〜45 | 48〜45 | 59〜25.5 | 1948年12月・1949年9月 |
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| 日立製作所現 日立製作所 | 65〜45 | 183〜40 | 48〜23.5 | 73〜35 | 1948年8月・1949年7月 |
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| 東洋紡績現 東洋紡 | 618〜161.4 | 820〜165 | 239〜124 | 225〜138 | 1948年12月・1949年6月・1951年4月 |
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| 東京海上火災保険現 東京海上ホールディングス | 420〜50 | 850〜339 | 610〜301 | 725〜310 | 1951年7月 |
出典:『株価20年(昭和33年版)』東洋経済新報社(運営者による転記)。単位は円。年間の最高値〜最安値で、増資による株価の切り下がり(権利落ち)は調整していません。増資のあった年の下落には、その影響が含まれます。当時の株価は額面や株式分割の違いから、現在の株価とは比べられません。
よくある質問
ドッジ不況で日経平均は何%下がった?
1949年5月の東証再開時の176円から、1950年7月6日の85円25銭まで、およそ5割下落しました。この85円25銭は日経平均の史上最安値で、いまも破られていません。
株価が戻るまでどのくらいかかった?
東証再開時の水準(176円)を回復したのは1952年1月で、約2年8ヶ月かかりました。朝鮮戦争の特需で企業業績が持ち直したことが、回復を後押ししました。
ドッジ・ラインとは何?
1949年にGHQの経済顧問ジョゼフ・ドッジが打ち出した、超均衡予算などを柱とするインフレ収束策です。戦後の激しいインフレは収まりましたが、需要が急減して倒産や失業が相次ぐ「ドッジ不況」を招きました。
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