有名企業7社の20年(1938〜1957年)
各年の棒は、その年の最高値から最安値までの幅です。値動きの大きさを比べやすいよう、縦軸は全社共通の対数目盛にしています。棒にカーソルを合わせる(タップする)と、数値が表示されます。
年間の高値〜安値戦時中・取引所の閉鎖期増資のあった年(その年の値幅には権利落ちの影響を含む)
表で見る(全データ)
| 年 | トヨタ自動車工業 | 松下電器産業 | 東京芝浦電気 | 日立製作所 | 八幡製鐵 | 東洋紡績 | 東京海上火災保険 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1938 | — | — | 105〜94.7 | 115.5〜79.5 | 77.8〜57.1 | 192.3〜145.1 | 163.5〜148 |
| 1939 | — | — | 124.4〜96 | 99.7〜70.6 | 69.9〜59.5 | 215.4〜150 | 154〜143.5 |
| 1940 | — | — | 137.5〜87 | 100.2〜62.1 | 69〜53.1 | 207.6〜149.6 | 156〜123.5 |
| 1941 | — | — | 100.9〜84 | 78.5〜58.9 | 62.2〜51.9 | 176.5〜146 | 129.8〜109 |
| 1942 | 68〜52 | — | 119.5〜91.8 | 97.4〜72.3 | 64.1〜58.1 | 178.7〜140 | 121.4〜111.7 |
| 1943 | 69.6〜51.8 | — | 109.3〜91.7 | 95.7〜85.8 | 63.3〜61.5 | 152.3〜136.2 | 126〜109.3 |
| 1944 | — | — | 103.5〜77 | 88.8〜66.4 | 62.2〜58 | 130.5〜98.8 | — |
| 1945 | — | 63.2〜63.2 | 99.8〜71 | 73.3〜64.7 | 59.5〜55.2 | 120.6〜92.5 | — |
| 1946 | — | 30.5〜23 | 62.5〜29.2 | 43.5〜20 | 25.5〜12.8 | 142〜79 | 64〜36.5 |
| 1947 | 62〜43 | 75〜29.5 | 75〜29 | 56〜23.9 | 17〜7.2 | 173.5〜102.5 | 77〜37.5 |
| 1948 | 193〜56 ▲ | 135〜43 | 165〜62 ▲ | 65〜45 ▲ | 160〜15.7 | 618〜161.4 ▲ | 420〜50 |
| 1949 | 127〜60 ▲ | 95〜93 | 190〜45 ▲ | 183〜40 ▲ | 195〜32 | 820〜165 ▲ | 850〜339 |
| 1950 | 60〜21 | 60〜27 | 48〜45 | 48〜23.5 | 88〜50 ▲ | 239〜124 | 610〜301 |
| 1951 | 69〜39.5 | 160〜51 | 59〜25.5 | 73〜35 | 106〜66 ▲ | 225〜138 ▲ | 725〜310 ▲ |
| 1952 | 202〜72 ▲ | 275〜96 | 188〜56 | 155〜72 ▲ | 150〜74 ▲ | 218〜137 | 1,145〜256 ▲ |
| 1953 | 233〜100 ▲ | 325〜160 | 213〜106 ▲ | 170〜40.2 | 96〜53 | 299〜180 | 1,196〜288 ▲ |
| 1954 | 116〜68 | 203〜70 ▲ | 113〜71 ▲ | 103〜65 ▲ | 64〜42 | 260〜122 ▲ | 330〜224 |
| 1955 | 154〜77 | 182〜74 | 80〜62 ▲ | 86〜66 | 73〜49 ▲ | 180〜128 | 332〜225 |
| 1956 | 235〜122 ▲ | 221〜151 ▲ | 97〜69 ▲ | 124〜86 ▲ | 92〜66 ▲ | 225〜140 ▲ | 316〜124 ▲ |
| 1957 | 282〜142 ▲ | 261〜163 ▲ | 103〜70 ▲ | 137〜86 ▲ | 92〜62 | 217〜162 | 153〜97 |
出典:『株価20年(昭和33年版)』東洋経済新報社(運営者による転記)。単位は円。年間の最高値〜最安値で、増資による株価の切り下がり(権利落ち)は調整していません。空白は記録のない年(1944〜45年は一部企業で記録なし、取引所の閉鎖期は取引所外の「集団取引」の価格)。当時の株価は額面や株式分割の違いから、現在の株価とは比べられません。
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政府は株価の急落を防ぐため、日本証券投資(1940年)、日本協同証券(1941年)を設け、1941年8月には株式価格統制令を公布しました。戦局が悪化した1944年以降は戦時金融金庫が無制限に株を買い支えています。グラフでも1942〜45年は値幅が小さく、たとえば日本製鐵(のちの八幡製鐵)の1943年は61.5〜63.3円にとどまりました。市場の自由な値付けが失われていた時代です。
1945年8月10日、全国の証券取引所は休会に入り、そのまま終戦を迎えました。GHQは取引所の再開を認めず、株式は取引所外の「集団取引」で売買されます。財閥解体、新円切替、戦時補償の打ち切りが重なり、株価は大きく崩れました。
| 企業 | 戦時中の高値 | 1946年の安値 | 下落率 |
|---|---|---|---|
| 松下電器産業 | 63.2円1945年 | 23円 | −64% |
| 東京芝浦電気 | 99.8円1945年 | 29.2円 | −71% |
| 日立製作所 | 73.3円1945年 | 20円 | −73% |
| 日本製鐵(のち八幡製鐵) | 59.5円1945年 | 12.8円 | −78% |
| 東洋紡績 | 120.6円1945年 | 79円 | −34% |
| 東京海上火災保険 | 126円1943年(44〜45年は記録なし) | 36.5円 | −71% |
戦後の激しいインフレで、1949年の卸売物価は戦前(1934〜36年平均)の約209倍になりました。株価も名目では戦前を上回りましたが、1938年と1949年の最高値を比べると、上昇は最大でも約5.2倍(東京海上火災保険)。物価の上昇分を差し引くと、株の実質的な価値は戦前の数%程度まで目減りした計算になります。
| 企業 | 1938年の高値 | 1949年の高値 | 名目の倍率 |
|---|---|---|---|
| 東京芝浦電気 | 105円 | 190円 | 1.8倍 |
| 日立製作所 | 115.5円 | 183円 | 1.6倍 |
| 日本製鐵(のち八幡製鐵) | 77.8円 | 195円 | 2.5倍 |
| 東洋紡績 | 192.3円 | 820円 | 4.3倍 |
| 東京海上火災保険 | 163.5円 | 850円 | 5.2倍 |
| 参考:卸売物価 | 1934〜36年平均=1 | 208.8 | 約209倍 |
※ 1949年の株価には1948〜49年の増資による切り下がりを含みます。物価の基準年(1934〜36年平均)と株価の比較年(1938年)は一致しないため、実質価値の目減りは概算です。
1949年5月16日に東京証券取引所が再開しましたが、緊縮政策「ドッジ・ライン」によるデフレ不況で株価は下落し、1950年7月6日に日経平均は史上最安値の85円25銭をつけました。その直前の6月25日に始まった朝鮮戦争の「特需」で日本経済は息を吹き返し、株価は大きく反転します。ドッジ不況のチャートと当時のニュース →
現代の戦争と株価:「遠くの戦争は買い」は本当か
古くからの相場格言です。自国が戦場や当事者になる戦争は経済に深い傷を残す一方、遠い地域の戦争では株価の下落は一時的で、むしろ買い場になることが多かった、という経験則です。
朝鮮戦争から2026年のイラン攻撃まで、7つの出来事の前後で日経平均がどう動いたかを、開戦前の営業日を100として比べました(終値ベース、2026-10-09時点のデータ)。
| 出来事 | 反応した日 | 約3ヶ月内の最大下落 | 元の水準に戻るまで | 60営業日後 |
|---|---|---|---|---|
| 朝鮮戦争1950年6月25日 | +2.4% | −5.9%1950年7月 | 13営業日1950年7月 | +21.8% |
| 湾岸戦争(開戦)1991年1月17日 | +4.5% | 下回らず | — | +18.4% |
| 米同時多発テロ2001年9月11日 | −6.6% | −7.7%2001年9月 | 20営業日2001年10月 | +4.9% |
| イラク戦争2003年3月20日 | +1.8% | −5.5%2003年4月 | 31営業日2003年5月 | +9.8% |
| ロシアのウクライナ侵攻2022年2月24日 | −1.8% | −6.6%2022年3月 | 16営業日2022年3月 | +0.9% |
| イスラエルのイラン攻撃2025年6月13日 | −0.9% | −0.9%2025年6月 | 2営業日2025年6月 | +14.3% |
| 米国・イスラエルのイラン攻撃2026年2月28日 | −1.4% | −13.2%2026年3月 | 33営業日2026年4月 | +12.7% |
データから見えること
7件のうち7件で、日経平均は開戦前の水準を回復しました。下落した場合でも、元に戻るまでは長くて33営業日(約2ヶ月)でした。60営業日後(約3ヶ月後)には7件で開戦前を上回っています。敗戦で6社中5社で株価が6〜8割下落し、インフレで実質価値の大半を失った1945年とは、まったく異なる結果です。
最も下げが大きかったのは米国・イスラエルのイラン攻撃(2026年2月)で、−13.2%まで下落しました。ホルムズ海峡をめぐる緊張で原油価格が急騰し、原油の多くを中東から輸入する日本経済への打撃が意識されたためです。ロシアのウクライナ侵攻でも、資源高やインフレへの懸念が重荷になりました。地理的に遠い戦争でも、エネルギーや物価を通じて日本株に影響が及ぶ点には注意が必要です。
朝鮮戦争の開戦直後、日経平均は史上最安値まで下げましたが、その後は米軍の特需で企業業績が急回復し、3ヶ月後には開戦前を2割上回りました。「遠くの戦争は買い」の典型例とされます。
※ 過去の値動きであり、将来の株価を保証するものではありません。戦争の影響は、規模・期間・エネルギー価格・金融政策などで大きく変わります。件数も限られるため、経験則として受け止めてください。本ページは教育・情報提供を目的としたもので、投資助言ではありません。
まとめ
自国が戦争に敗れた1945年前後には6社中5社で株価が6〜8割下落し、インフレによって実質的な価値の大半が失われました。一方、戦後の日本から見て「遠い」戦争では、株価の下落は一時的で、2営業日から33営業日(約2ヶ月)ほどで元の水準に戻っています。ただし、原油高のように日本経済に直接響く経路がある場合は、下落が深くなることもあります。歴史は、慌てて売るより、落ち着いて長い目で見ることの大切さを教えてくれます。
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出典・参考資料
- 『株価20年(昭和33年版)』東洋経済新報社(企業別の年別相場・資本異動。運営者による転記)
- 日経平均:FRED「Nikkei Stock Average, Nikkei 225」(現代の戦争の検証に使用)
- 平山賢一「戦時末期の株式投資成果」証券経済研究 第109号(日本証券経済研究所)
- 日本証券経済研究所「証券年表」
- 伊藤正直「戦後ハイパー・インフレと中央銀行」日本銀行金融研究所(卸売物価の倍率)
- 日本取引所グループ「立会場の歴史」
- 楽天証券 トウシル「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」
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