アジア通貨危機
通貨危機
1997年7月2日、タイが通貨バーツを管理フロート制に移すとバーツは急落し、通貨と経済の危機がインドネシアや韓国などアジア各国に広がった。日本では11月に三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券が相次いで経営破綻し、金融システムへの不安が一気に高まった。日経平均は1997年の1年間で21.1%下落し、日本長期信用銀行の破綻が重なった1998年10月には12,879円と、当時のバブル崩壊後の最安値まで下げた。
よくある質問
アジア通貨危機はいつ起きた?
1997年7月です。タイが7月2日に通貨バーツを管理フロート制に移すとバーツは約15%下落し、その後数ヶ月で韓国やインドネシアなどアジア各国に危機が広がりました。日本では同じ年の11月に、三洋証券・北海道拓殖銀行・山一證券が相次いで経営破綻しました。
アジア通貨危機で日経平均は何%下がった?
1997年6月16日の終値20,681円から、1998年10月9日の12,879円まで、約38%下落しました。底をつけた1998年10月は、貸し渋りと金融システムへの不安がピークに達した時期でした。
株価が戻るまでどのくらいかかった?
1997年6月の高値を終値で上回ったのは2000年3月29日で、約2年9ヶ月かかりました。ネット関連株が買われたITバブル相場が回復を後押ししましたが、2000年4月からはITバブル崩壊で再び下落しました。
アジア通貨危機はなぜ起きた?
アジア各国は自国通貨を米ドルに事実上固定(ドル・ペッグ)しており、ドル高につれて通貨が割高になっていました。1997年5月にヘッジファンドなどがバーツを大量に売り、タイは外貨準備が尽きて固定を維持できなくなりました。通貨が急落すると外貨で借りていた銀行や企業の債務が膨らみ、金融危機に発展しました。
日本の株価にはどう影響した?
1997年は金融機関の破綻が相次ぎ、日経平均は年間で21.1%下落しました。山一證券の廃業決定を受けた11月25日には854円05銭安となりました。1998年10月には12,879円まで下げて当時のバブル崩壊後の最安値を更新し、大手銀行への公的資金の投入が固まったことで、ようやく底割れを免れました。
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